JAL稲盛和夫名誉会長への手紙と返信(3/4)

副業のヒント

3 読んでいただく工夫

次に、再生案は、非常に長い内容になったので読んでいただくには、稲盛会長が喜んで読み進めていただく工夫をしようと考えました。
(1)JALに利益をもたらすものか、自分の商品を売ろうとしていないか
(2)共通点を探す
(3)稲盛会長は偉い人・・だけど、率直に提案する

これらを心がけました。

(1)に関しては、本当に心がけました。ややもすると、自社の商品を使ってもらいたい・・・という思いが前面に出ているのでは?
何回もチェックしました。

見込み客のクライアントに自社の自信のある商品を紹介するのは、いいことなのですが、気をつけたのは、自社の商品を売るためにアイディアを出したのではないのです。 JALの集客に役に立てればいいなぁという思いで書きましたが、フツフツと沸いてくる思いが無かったわけではありません。

なぜならば、私の夢は自社のDVDの商品を会社の各部署に1個ずつおくことだからです。

会議でブレーンストーミングをして「アイディア」を出しましょうといわれても、すぐには出せないことを知っています。

私自身、在籍していたときに春になるとJALの会議がありました。
「今後どのようにしたらいいでしょう」というものを提案されて話すのですが、会議が早く終わらないかなぁというメンバーが多かったし私もその一人でした。 そんな・・・、それは、上の人が考えてよ という具合です。

でも、いまこうした再建をしているJALはそんなことを言っていられません。
優秀な人材を発揮できないまま使わなかっただけなのです。
心あるメンバーが各部署から出し合っていけば、すばらしい力が出ることを知っています。
特に、稲盛会長といえば、アメーバ経営です。
一人ひとりが経営者の意識で望むことを要求されます。
そのためには、社員自らがアイディアをだしていきます。

ボツになるかどうかよりも、出し合っているうちに、「お客様が喜んでいただく案」が出てくるはずです。
そして、出されたアイディアは上からの指示ではないので、自ら行動に移すはずです。
これがポイントになると思います。

というのは、以前、味の素の売り上げが落ちたときに、社員のおばさんが「味の素のふたの穴を少し大きくするといい」という提案をして大きく伸びたことがあったのですがそのことを思い出しました。

トップの人の会議ではなくて、今日入社した社員もアイディアをだしていくと、JALも大きく変わると思えてならなかったのです。

そう、私は、退社して12年、今でもこうしてアイディアを出そうと思いましたように、JALのことを応援し続けている人がいるのです。
自分たちの会社がどんな茨の道があったとしても、JALのブランドは、JALだけのものではないのです。

そんな思いで(1)を書きました。

(2)共通点を探す

共通点があると、一瞬にして近い存在になります。
稲盛会長との共通点を書き出してみました。

・同じ鹿児島出身
・京セラの工場と研究所が、実家の近くにある
・稲盛会長がNHKのラジオで話されたテープに、私の大好きな西郷隆盛氏の「敬天愛人」という言葉が好きだと話されていた
・稲盛会長のおかあさまの口癖を、私の子育ての指針にしていた

そこで、こんな文章にしました。

【私は、稲盛会長と同じ鹿児島で生まれ、京セラの研究所がある国分のすぐ近くに実家があります。
鹿児島空港に着陸する寸前に、右手に京セラの大きな文字が見えますとなんだかほっとしてしまいます。
JALには、国際線客室乗務員で20年間お世話になり、妊娠中は本社の広報部におり今はJALOG会の東北支部に所属しています。

「わけとっの苦労はこてでんせ!(若いときの苦労は買ってでもしなさいの意)」と稲盛会長のおかあさまが育てられたように、私も息子に話しています。】

そして、稲盛会長が大好きな言葉、西郷隆盛の「敬天愛人」をさしている稲盛会長の写真をネットからもらって、手紙に貼り付けしました。

(3)率直に提案する

私が会長だったら、どんな風に再建するだろうか・・と考えたのです。
ただ、私は経営のことはわかりません。
そこでお客さまの立場で、JALに乗りたくなるには? と考えたのです。
どよよ~んの空気から、ワクワクに変えるには? と考えたのです。

なので、率直に書きました。
そして、提案をしました。

ただ、すぐには手紙はだしませんでした。
それは受け取ってもらうには・・、ということを考えすぎたからです。
その心の深いところには、自社の商品を購入してもらうには・・・という気持ちがあったことを認めます。
スピード感が大事ですので、このことは反省しました。

ただ、連日のJALの報道に「お客様の立場の声での提案」は喜んでもらえると思い直したのです。
それは、77歳で癌も患いながらも敢えて再建するJALを引き受けてくださった稲盛会長のことを思うと、自分のこと、どう思われるだろうか・・・を考えていることが恥ずかしくなりました。

どう受け取っていただこうが、自分の提案は喜んでいただけるものだという確信があったのです。