中條高徳氏の「日本国の四月二十八日」

副業の応援メッセージ

月刊「致知」の巻頭に、「主権回復は第二の建国の日」という副題で、中條高徳氏が書いてくださっていました。

1956年生まれの私は、実は戦争のことはよく知りません。

父は、台湾で教師をしていたときに、招集されたことは聞きましたが、12歳のときになくなりましたので、

一度も戦争のことは教えてもらったことはありませんでした。

一度、母と台湾を7日間ほど遊びにいきましたが、そのときに、偶然、父が教師をしていたときの街に行きました。

タクシーの運転手さんが、「日本軍のおかげで、道路も素晴らしくなった」と感謝されました。

母は、鹿児島県の山の中で戦時中過ごしておりました。

長兄を戦争でなくし、88歳の今でも「あんさん(お兄さんの意味)が今日は命日だ」といいます。

私もその影響か、毎日のお仏壇のときには、この脇 正巳おじさんの名前は呼びます。

ただ、母は、戦争の話になると口を閉ざします。

なので、聞きません。

この致知の記事に、詳しく主権が回復した経緯が書いてありました。

最後に、

「安倍総理はこの式典をすませるや、ロシアに旅立った。 ニッポンが動き始めた」

と結んでいらっしゃいます。

このアサヒビールの名誉顧問をされている、中條高徳氏のことはまったく存じていませんが、私のようなものにも、わかるように書かれていました。

これから、ご本を読んでみたくなる方でした。