嫉妬心をありのままに見られなかった自分

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夫のマサノブさん、友人の二人と会いました。
もう目の前にいてよいのだろうかという気持ちになりました。

しばらくたって、まさか、こんなに心が穏やかになるとは思いませんでした。
見たくない蓋を開けてくださったことと、仲間に感謝いたしました。 こんにちは、今日もワクワク熊谷ハイジです。

私の人生が大きく変わるだろうという出来事がありました。

それは、「自分をありのままに認める」ということに正直になろうと思ったことが発端でした。

「ハイジは一番になりたいんだね」
「その思いは、嫉妬だよ」
「自分は無知だといういうことをしらないね」

と、コーチによくいわれていました。

「私はいつだって、一番になりたいなんて思ったことがないのに・・・、どうしていつもそうおっしゃるの?」
「嫉妬?  私は嫉妬なんて感じていない、うれしかったから電話をしたのに、どうしてそれが嫉妬?  私がお局様?  そんな私はお局様なんかじゃない」
「それは、無知って言われればそうですが、でもちょっと位は知がありますよ・・・」
って、思っていました。
そのことで、実は悩んでいました。
そうは思っていないのに・・・。
なぜ、そんなに何回も言われるの?

「そんなに言われるのだったら、そうです、私は1番になりたいと思っていました」
「私は嫉妬していないけれど、嫉妬していると思えばいいのですね」
「確かに無知です」

今度は、そうやってむりやり思うようにしていました。
本心ではありませんでした。

でも・・・、やっと、やっとわかりかけたのです。

私は何を恐れていたの?
自信がないからそれを覆い隠してメッキをはっていたんだ。 だから知っていないのに、知ったかぶりをして、それが1番になりたいんだね・・と映ったんだ。
嫉妬していることに蓋をしすぎて、もう開けられない位だったんだ。
無知といわれると、ほんとにバカだと思われるのが嫌だったんだ。
そう、自分は自信がないから、それを隠すために、あるふりをしていたんだ。

全部、蓋をしていただけだったんだ。
なんだ、それを隠そうとして、幾重にも蓋をしていて、蓋をしていることさえも気づかなかったんだ。
それに抵抗をしていて、認めることができないだけだったのです。

その認めることができないばかりに、「人やモノやお金が集まらない」ということになっていたのです。

「もしありのままの自分を認めて、痛みを感じたらどうしたらいいのですか?」

メンター「それを認識するだけでいいのです
人間は、その感情をもっているのです。
妬み心、人よりも上に立ちたいということを持っているので、認識するだけでいいのです。
誰でもあるのです、それを隠さないで認めるのです。

自分の心に蓋をしていると、妬み心をかくして、感謝ですと言ってしまうのです。
そんなのは、気持ち悪い位、嘘くさいのです」

(えっ! 認識だけでいいのは知っていたけれど、それもしたくなかったんだ、私・・・)
(でも・・、認識だけでいいのはなぜだろう・・・)

メンター「ありのままの自分を認めると、自己評価が低いのです。
私のような人に付き合ってくださってありがとうございます。となるので、すると、周りの方が、
 サポートに入ります。
でも、自己評価が高いと、周りの人がうんざりして去っていくのです」

もう、認めざるを得ませんでした。

最近、あるかたとのスカイプの時、録音をしていました。
後で、その音声を聞くとびっくりなのです。

「相手の人の会話が終わる前に、一呼吸もおかないでしゃべっている私」
・・・それは、自分の無知を隠そうと必死になっているので、呼吸の間が怖いのだったんだ・・・
「威圧的な話し方」
・・・知っているわ、そんなこと!・・・の言葉の雰囲気がたくさんでている・・・・


もう、認めざるを得ないのに、「認めていなかった」自分をみたのです。
しかも、認めるだけでよかったのにです。 
なんだか、認めるともう自分が自分でなくなるような気持ちになっていたのです。・・・(自分ってどれほどの人間でもないのに・・・、ちゃんちゃらおかしい・・・)