ヤマト宅急便 発売当日は「11個のみ」を胸に

副業のヒント

ヤマト運輸さんの宅急便には、大変お世話になっています。
また、ヤマトホールディングスの代表取締役会長の瀬戸 薫さんのファンでもあります。

それは、創業者の小倉昌男さんの意図をちゃんと脈々と受け継いでいらっしゃるように感じるからです。
今では当たり前のヤマト運輸の宅急便の緑色の車も、この瀬戸さんがベニヤ板でモデルを作られたそうです。

さて、このお世話になっている宅急便は、2013年は16億個を突破されているそうです。
想像すらできません。

ところが、1976年の宅急便の発売当日は何個だった思われますか?

11個・・・、だったそうです。

それが今では16億個・・・。

1976年当時は私がちょうど鹿児島から就職するために東京へ行った年です。
チッキと呼ばれるものでその当時は国鉄(JR)ものを運んでいたと思います。
濃い紫の布団袋に入れて、割れないように工夫しながら送った記憶があります。

そのころ宅急便があったことすら知らないでした。
今は、引越しするにも、遠く離れた場所でも、24時間の移動をしていただき、梱包も便利になりました。

ほんとうにすごいです。

日本ってすごいなぁと感じることの一つです。
どこでも大体1~2日で荷物が安全に届くってそうそう簡単ではありません。

私自身、なにかをするときに、自分の力ってなにもないなぁと感じることが多いです。
でも、このヤマトさんの宅急便が11個だったという事実をいつも胸に置いています。

ただ大きくなられたのではありません。
瀬戸会長の熱い思いが実に心に染み入るのです。

私も会社を興したミッションからずれないようにしていこうと感じます。